As with a bicycle, Koide Mawaru

日々の写真にまつわること。

今を生きて、何を撮ることが楽しめるのか

 この間、新宿のゴールデン街のような猥雑な場所で写真を撮るのは、品がないというような趣旨の話を目にしました。自分も、猥雑な場所に行くと遠慮がちに撮ってしまいますが、お話を目にしてそういう写真は、あまり価値のない写真のかもと思い始めました。

 目にしたお話では、猥雑な場所を見つけて喜ぶというのは、発展途上な未開の場所を見つけて喜ぶようなもので、例えばゴールデン街なら東京という日本の首都でありながら、こんな発展途上な場所があるということを喜んでいるという解釈になるそうです。

 この意見に100%同意する訳ではありませんが、そういう場所は戦後直後とか遅くても昭和の頃に十分撮られているはずで、今写真に残すことはそんなに重要ではないかなという気がするようになりました。

 猥雑な場所もいずれは都市計画などで消えゆくかもしれません。寺社仏閣のようには残りにくいでしょう。だから今撮るというのもいいと思います。フェチズムもありでしょう。

 ひるがえって自分は思うのです。今猥雑な場所を懐古的に撮るのではなく、現在何とも思わない場所が、自分が老人になったときに猥雑な場所だと認識されるような場所を、今撮っておいた方が将来楽しいんじゃないかな?と。それは今すぐ消えそうな街並みではなく、50年、100年後には無くなっているか荒廃していそうなモノ。

 そういうことを考え出すと、まだ見ることのできない未来の街を想像しつつ、今の写真を残すというのは、なかなか楽しいんじゃないかなぁと思うのです。

 でも具体的に何を撮っていいのか、まだ全然分かりません。しかし街の写真であることは間違いないと思うのです。