As with a bicycle, Koide Mawaru

日々の写真にまつわること。

単一な写真

 「写真」は、それが《現実》を二重化せず、ゆらめかせずに、ただ強調して変換するとき、単一なものとなる(強調とは一種の凝集力なのである)。

 そうした写真には、いかなる双数性も間接性も乱れない。単一な「写真」は、平凡になるためのあらゆる条件を備えている。なにしろ構図の《統一性=単一性》は、俗用の(そしてとりわけ学校で教える)修辞学の第一の規則だからである。

 《主題は、無駄な付属物を取り除かれ、単純でなければならない。これが統一性の追求と呼ばれるものである》と、ある助言者はアマチュア写真家に教えている。

単一な写真
報道写真、ポルノ写真

 

 

 私は、初心者の内は「ここを見てほしい」と、明確に伝えられる写真を撮った方が良いと思う。

 そのためには、構図もある程度は知っており、余計なものが写っていない写真を撮ることを心がけた方が、徐々にそれらを外していくことを覚える上で、楽な方法だと思うからだ。

 でも構図さえ覚えればいい写真が撮れる、と思うのは止めた方がいい。構図は一度身につけたら、後は忘れるものだと思う。

 人によっては、バルトの言う「単一な写真」を好む人もいるかもしれないが、「写真は自由なんだ」ということを知ったら、写真をもっと楽しめると思う。