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As with a bicycle, Koide Mawaru

日々の写真にまつわること。

不意にとらえること

 「明るい部屋――写真についての覚書ーー」を読んでの、感想や考えたことを、ちょこちょこ書いていこうと思う。

 

明るい部屋の概要

 最初なので、この本を簡単に紹介する。

 著者のロラン・バルトは母を亡くし、母を思い返す手段として手元に残った母の写真を見るのだが、どれも母らしく写っておらず、不満を抱える。

 最終的に、これこそ母だという写真をバルトは見つける。それは、母の幼少期の写真だった。

 バルトは、母が母らしく写っている写真を探す中で、写真の本質に迫っていく。

 それは「母らしさ」という雰囲気が、どうすれば写真に写せるかという挑戦的な思考を、写真を分解可能な範囲で解体していゆく過程が、本に書きしるしてある。

 この本は、写真の理論書のようでもあり、バルトの私小説のようでもある。私は保坂和志のエッセイが好きだが、この本は保坂和志と近いように感じた。

 写真に関しての名著なので、初心者を脱するときに読んでみるのが良いと思う。

 

14. 不意にとらえること

 本では1.から始まるが、飛ばすことにする。この章では、写真で人の心をとらえる要素が書かれていた。以下意訳引用。

 

写真で心をとらえること

  1. 被写体の珍しさ
  2. 動きの早い場面で決定的瞬間を撮る
  3. 目に見えない速さ、百万分の一秒を撮るようなこと
  4. 技術上の曲芸(多重露光、特殊なレンズによる歪曲、フレーミングの失敗、ピンボケなど)
  5. 思わぬ掘り出し物(優秀なカメラマンが、チャンスに恵まれ、不意にとらえる自然な情景)

 いすれにしても挑戦がないと、得ることは出来ない。

 

 写真は、それがなぜ写されたのか分からなくなるときに、真に《驚くべきもの=不意をうつもの》になる。

 初心者のうちは、見る人の心をつかむために、注目に値するものを写す。しかし上達してゆくと、写された被写体こそが注目に値するものだというようになる。

 そこでは、《なんでもかまわないもの》が、最高に凝った価値となる。

 

感想

 写真で心をつかむ条件は、重複することはあまりないと思われた。できれば、強い写真になると思う。

 大雑把にいうと、決定的瞬間(ブレッソンの言葉を訳した時に生まれた言葉)や、魔界森山大道がこういう趣旨で書いていた気がする)を撮ることを辿っていくのではないだろうか。

 つまり、日常にある非日常を見つけること。非日常を見ようとする、見つけようとする挑戦が必要だということだと思った。

 カメラを持ってワクワクしないという人は、少なくとも「この道」はあきらめて、ガジェット好きに転向した方がよさそうだ。

 

 しかし、後半に出てくる《なんでもかまわないもの》というのは難しい。

 なぜなら、なんでもよいなら、すごく大量の写真を撮るようになるか、まったく思うように撮れなくなるか、という結果に落ち着くと思うからだ。

 そして、「これこそが私の中では価値のあることだ」、と言い切れるだけの自分の価値観・世界観を明言できることも、前提条件に入ってくるかもしれない。

 しかし、価値観なり世界観を完全に言葉で語れるなら、写真は必要ない。言葉をつかうことが達者なら、詩人か小説家になる方がいい。

 言葉の先にある「何か」、言葉では表現しきれない「何か」を、写真に込められるようにならないといけないだろう。

 自分はそういうことはまだできていないので、まだまだだと思う。

 でもそういうことも、粘土をこねるように時々転がしていかないと、力が付かないだろうな。

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