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As with a bicycle, Koide Mawaru

日々の写真にまつわること。

また写真が分からなくなってきた

 また自分の写真が、何を撮っているのか分からなくなってきた。

 被写体が何かが分からないという問題ではなく、バラバラな被写体たちを写した写真に、通底するモノや気持ちは何なのか?ということが、分からないのだ。

 テーマがないことに似ている気がするが、少し違う気がしていて、うまく書けない。

 気持ちが定まらないまま、言葉にしてしまうと、その言葉で方向性を間違う気もする。

 言葉にするよりも、もっと自分の直感を確かに感じられるようになりたい。撮影技術や道具の問題だったら、楽なのに。

 

 これまでにも、何を撮りたいのか分からなくなった経験は、何度かある。そのたび撮る気持ちが折れてしまい、しばらく撮ることに距離をとっていた。

 しかし今回はもう少しと言わず、もっとたくさん撮る方向に進んでみようと思う。
こういう気持ちになることが、何度も起こるのだから、何か意味のあることかもしれない。

 距離をとっても、結局堂々巡りになってきたので、逆の道に進んでどうなるか確かめてみたい。

 

 この壁?のようなモノにどう対峙すればいいのか、誰にも適用できる正解はない。それだけはわかる。

 壁は乗り越えるものとは限らない。壁の前をうろうろしていたら、扉を見つけるかもしれないし、自分の状況だけでなく、世界の状況だって変わるかもしれない。

 写真の先生や師匠がいれば、「こっちかもしれないよ」と教えてもらえるかもしれないが、いつまでたっても独り立ちできないのでは、ダメだろう。

 ダサくても自分がどうしたいかを決めること。自分が強く好きだと思える写真を目指して、舵を切って進んでいくしかない。何もしなかったらゼロだ。

 

 もっと写真を撮ることは、今年のテーマにしようと考えた、「過剰さ」につながるのかもしれない。

 もっと自分の写真を撮って、見返して、自分とは違う写真をもっと見ていこう。焦らずに。

 しかし新年早々、幸先がいい。人生は楽苦(たのくる)しい。

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