As with a bicycle, Koide Mawaru

日々の写真にまつわること。

自分の存在

 今日は路上スナップで、ノーファインダー6割くらいで撮ったのだけれど、下手な鉄砲じゃないけれど、狙わずに撮ってシャッターを切って、強度のある写真が撮れると、いったい自分の存在って何なんだろう?と思ってしまう。

 グーグルのストリートビューの写真で、自分の写真作品を作る人がいるし、ホンマタカシも知り合いが撮った写真を、自分の写真作品にしている。

 シャッターを切るということを、かけがえのない自分がやっているのだ、と思ってきたけれど、実はそういうことは、どうでもいいことなんじゃないか、という気がしてきた。

 要は、撮れた写真のセレクトがうまいかどうかなのかな?自分が存在するのは、審美眼においてなのかな?