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As with a bicycle, Koide Mawaru

日々の写真にまつわること。

村外れの神社

ここは1年以上住んでいる小さな村。隈なく歩こうと思えば、2日もあれば全ての風景の写真を撮れるだろう。
この集落に神社があることは、ウェブで調べて分かっていたのだけれど、この集落の道は細すぎてGoogleマップにも載っていないので、行き方がわからなかった。
 
日没の時間が近づいている中、集落の外れで鳥居を見つけた。「もしかして…」
鳥居があるのだから、神社には違いない。神社を見てみたいと思ったのだけれど、気持ちが躊躇う。
人気の無い集落の外れ、そこからコンクリの細い急坂道で、夕方のうっそうとした森の中へ入っていく参道。正直、不気味だ。
 
目をこらすと、小さな鳥居が30mほど先に見えたので、「小さな社の神社なのか」と思い、ひとまず小さな社の正面まで歩いた。小さな鳥居に立派なふさの注連縄が飾られている。
 
細い参道は、坂の上へと続きながら曲がっている。
「心細いけれど、折角だから坂の上まで行ってみよう」と歩いた。
 
先の見えない坂の上まで50m程もない道のりだった。そこには板壁の屋敷があった。
「古くからある家なのかもしれない。玄関だけでも見て帰ろう」と、入り口の正面に立つと、薄暗い間口の奥に「龍王宮」の文字が目に入った。屋敷だと思ったのが、社務所だったのだ。
吸い寄せられるように間口をくぐると、溶樹(アコウ)に出迎えられた。その奥に、本殿がある。
ここで1年前に訪れた石垣島の御嶽(ウタキ)を思い出した。どっしりとした溶樹の醸し出す雰囲気が、この空間の時間を穏やかな時間に変えているようだった。
 
信仰心がないのもあるが、本殿にお参りはしなかった。
小さな神社だけれど、とても格の高い神様がいる気がして、恐れ多かった。
本殿の脇に生け垣が途切れている部分があった。他は石垣の上に高い生け垣で囲われている。
腰の高さくらいの石垣に、手のひらサイズの鳥居が結び付けられていて、「ここで小便はしないだろうし、なんだろう…」と思いつつ、生け垣の切れ間から空を撮ってみた。日が暮れる前の、やさしい空の色だった。
生け垣の切れ間から下を見下ろしてみると、海が見えた。下に続く坂道は無く、絶壁の上にこの神社があることが分かった。
そして手のひらサイズの鳥居の意味が分かった。「ここから飛び降りた人がいるんだ…」
 
帰ってから、また行きたい場所だとは思うのだけれど、そう簡単に行って良い場所でもない気がする。寒さが緩んだ頃に、何が気になる場所なのかを確かめに、また脚を運んでみたいと思う。
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